【談話】個別指導と守秘義務に関する日歯・大久保会長の見解について

岡山県保険医協会 指導・監査対策室

室長 暮石 智英

岡山保険医新聞 2013年11月25日号より

10月28日付「歯科通信」及び11月5日付「日本歯科新聞」は、岡山保険医新聞の「個別指導の際カルテを見せる行為は守秘義務、個人情報保護法違反になる可能性がある」とした報道に対し、日本歯科医師会の大久保満男会長が「カルテを見ないで指導を行うのは実質的に無理」など、現状を容認する見解を述べたことを報じている。

大久保会長の発言が報道記事の通りであると仮定するなら、日本歯科医師会の会長として「カルテを見せる、見せない」という極めて低次元の認識にとどまっていると思われるので、基本的な解説を行っておきたい。

(1)行政指針について

 行政庁職員は、法令に基づいた行政活動が義務付けられており、行政庁内部の運用基準である「通知」や「事務連絡」も関係法令が規定する行政権限を逸脱すれば違法となる。

 大久保会長が、「厚労省から近日中に考え方が示されるだろう」と予言した医療指導監査室長「事務連絡」では「カルテ等を閲覧できる」とする根拠を健康保険法73条ではなく、「指導大綱関係実施要領」に求めている。「指導大綱関係実施要領」は「事務連絡」である。我々保険医や国民を拘束するものではなく、厚労省職員の行動指針、いわばマニュアルである。保険医が順守すべき法に基づいて根拠を示すことができず、「事務連絡」を持ちだした。この事実一つとってみても個別指導における「カルテ閲覧」には法的根拠がないことを示している。

 また、大久保会長の「カルテを見せなければ正当性を証明できない」という考えは、個別指導の目的が事実関係の調査や不正・不当の摘発にあることを前提とするものであり、健康保険法73条の趣旨にも、「指導大綱」が掲げる指導方針にも反するものである。さらに、不利益処分を行う場合、その原因となる事実(不正・不当に該当する事実)の立証責任は国にあることを前提に事実認定をした司法判断(「溝部訴訟」東京高裁判決(平成22年(行コ)第170号、平成23年5月31日判決))に根拠なく異を唱えるものである。

 

(2)違法状態の固定・強化の構造的問題

 行政指導に過ぎない個別指導において、法が認めていない検査権限が行使されてきた要因についても検討が必要である。

 現状の保険ルールには多くのグレーゾーンがあり、誰もが「不正・不当」の疑いを持たれ、監査や取消処分に連動する可能性がある。そのため行政庁による被指導者に対する権利侵害や手続等の違法があっても、違法行為の是正を求めにくい状況になっている。

 違法な行政行為に対する批判や是正要求がなければ、指導側に法令順守の意識が生まれるはずもなく、違法行為は固定化され益々強固なものになることは当然である。

 こうした構造の根底には、厚労省自らが保険診療のルールを作成・改廃し、自らルール違反を摘発し、さらに自ら制裁を加えるという、他に例を見ない健康保険法令の特異な構造がある。

 

(3)守秘義務について

 守秘義務は保険医、公務員双方がともに課せられている義務である。

 大久保会長は、「お互いの信頼関係の下、指導側は守秘義務を守りながらカルテを見ながら…」と話したと報道されているが、議論となったのは指導側の守秘義務の問題ではなく、保険医の守秘義務である。法的に検査権限が与えられていない者に患者の個人情報を公開した保険医の側に、刑法や個人情報保護法違反のおそれはないのか、という問題である。

 この点、10月22日付医療指導監査室長の「事務連絡」においても、保険医の守秘義務については全く触れておらず、引用している個人情報保護法23条1項4号も、健康保険法73条は妥当しないものである。

 少なくとも検査権限を有する監査の場合には、行政庁職員は検査証を持参し提示する。この検査証も健保法78条によるものは存在するが、同73条によるものは存在しない。もし、検査証なしでカルテ閲覧が可能であるなら78条による検査証は何のために存在しているのであろうか。

 当然ながら、いかに信頼関係があろうとも守秘義務違反が免罪されることはない。

 

(4)指導の改善は全保険医の課題

 健康保険法令は上記のように、立法機関と執行機関が同一という極めて特異な構造にある。これまで少なくない保険医が個別指導を起因として自死に追い込まれ、自死に至らなくても深刻なPTSD(外傷後ストレス障害)を発症する一方、行政庁職員による贈収賄事件が後を絶たないが、それでも関係法令を順守した個別指導が実施されれば、現状は画期的に改善されることは疑いない。

 日本歯科医師会が今年4月25日付で医療指導監査室長宛に送付した個別指導・共同指導に関する「要望書」の内容も一気に実現されるのではないか。

 さらに同記事で大久保会長は、「信頼関係」「尊重」という言葉を使い、行政庁との良好な関係を維持することに腐心していることが窺える。しかし、信頼関係は一方の側に受忍を強いる理不尽で不平等な関係からは生まれない。

 公平な基準もないまま「俺が法律だ!」とばかりに、警察・検察・裁判官の権限を行使し、約束を守らない、ルールに関する質問にも答えない、誤魔化す、嘘をつく。そういう行政庁に対し、信頼や尊重の念を持てる者がいるとするなら余程のお人好しか現状を把握していない無知な者だけではなかろうか。

 個別指導や監査の諸問題の本質は、保険医の基本的人権擁護に帰結する。

 個別指導や監査の結果、自死やPTSDに追い込まれる会員が、全体から見れば少数だからとこれを見捨て、違法行為を容認・擁護することは医師・歯科医師の診療権や患者の受療権の否定につながる。

 その意味で指導の改善は全ての保険医の課題であり、国民医療充実のための重要な課題である。

 


 今回の大久保会長の見解の真意がどこにあるのか、報道記事だけでは推し量れないところがあるが、客観的には全国各地で積みあげてきた指導・監査改善の流れを押し止めようとする行政庁の意に沿うものと言わざるを得ない。

 日本歯科医師会執行部が、指導のあり方について「指導監査室と話し合っている」のであれば、全国の会員の声と現場の実態を直視し、関係法令に基づいて違法状態を是正するよう堂々と主張すべきである。

 少なくとも、違法状態を容認するというメッセージを発信した事実は消えることはない。

 

 

指導 監査をめぐる動き



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